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結婚前から過干渉な義父。「反吐が出るほどキライ」でも結婚した男性の胸のうち(女子SPA!)

(公開: 2018年11月08日)

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出典元: (女子SPA!)

【ぼくたちの離婚 Vol.6 血縁の呪縛 #1】

 ポロシャツがはちきれそうな厚い胸板に短く刈り込んだ髪、しかし決してコワモテではない優しい目元が印象的。そんな穂積明人さん(仮名/35歳)は「作家」である。どういう種類の作品を手がけているかは本人希望で明かせないが、小説ではなくノンフィクションが主。社会問題を中心に取り扱っており、著書もある方だ。

 その穂積さんが、3歳年上のカメラマン・美緒さん(仮名)と交際を始めたのは、ちょうど10年前の2008年。穂積さんが25歳、美緒さんが28歳の時である。当時、某雑誌の編集部に所属していた穂積さんが、とある撮影現場で知り合ったのだった。

「当時の美緒はポートレートを中心に撮るカメラマンとして上り調子でした。小規模ですが何度か個展を開いていたし、界隈ではわりと名が知られていたんです。美緒は内気な僕とは正反対の豪快な親分タイプでしたが、話してみると笑いのツボがすごく合っていて、どんな会話も刺激的で楽しい。それで付き合いはじめました」

 半年後、ふたりは同棲を決める。

「同棲前の美緒は『家事や料理は女性が率先してやらなければならない』という思い込みというか気負いがあったんですが、僕はわりと家事や料理が好きで、率先してやる人間でしたから。美緒は安心したと思います」

◆同棲して知った彼女の浪費癖

 しかし、穂積さんは美緒さんの金銭感覚が気になった。

「稼ぎがいい分、ものすごく使う人なんです。社交性があってきっぷもいいので、現場スタッフやアシスタントに、けっこう高い飯をどんどんおごっちゃう。撮影が一段落したら海外旅行にも頻繁に行く。共通の友人への誕生日プレゼントを二人で出し合って選んでも、彼女が勝手に“追加で”買ってしまう。

そういう出費はすべて共通財布から出ていくので、実質僕が半分出しているのと一緒。共通財布には、ふたりが同じ額を出して月初に5~7万円くらい入れておくんですが、月末までもったことはほとんどありませんでした」

 同棲していた物件を聞いて驚いた。港区南青山の2DK、家賃36万円である。折半では1人18万円の負担。当時既に売れっ子だった美緒さんの収入なら大丈夫だろうが、出版社勤務の穂積さんはさぞ無理しただろう。無論、美緒さんたっての希望で決めた部屋である。

「美緒がなぜ金遣いが荒いのか。彼女、生まれは決してお嬢様じゃないんですが、彼女の父親、つまり僕の義父は、海外雑貨の輸入代理を営む中小企業の経営者。義父が一代で築き上げた会社です。ほら、そういう社長のほうが、むしろ大企業の幹部クラスより自由に使えるお金が多いじゃないですか。美緒は育ちの段階でその影響を受けていると思います。金は羽振りよく使うものだ、と」

 要はですね、と穂積さんは一呼吸置いて言った。

「離婚の原因は義実家です」

◆週末の朝9時、アポなしで訪れる義父

 義実家、つまり配偶者である美緒さんの実家。穂積さんは義実家からの過干渉に、長年にわたって苦しめられたという。

「同棲している家に、ほぼ毎週末美緒の両親が訪ねてくるんですよ。朝9時に突然ピンポン。当然、アポなしです。両親も都内住まいなので来やすいんですよ。

ある時なんて、僕が外出から戻ったら義父がひとりで家の中にいるんです。びっくりして、最初は状況が飲みこめませんでした。僕に内緒で、妻が合鍵を渡していたらしいんです。義父はしれっと『お邪魔しとるよ』と」

 当然、穂積さんは美緒さんに苦言を呈した。しかし美緒さんは、なぜそれが悪いことなのかわからない、といった表情。むしろ「あなたのご両親ももっと来ればいいのに」と、話が噛み合わない。

「義父がいきなり家にやってきて、ほらこれ、と客布団を渡すんですよ。大荷物を持ってきてドアの前に立っているから、受け取りを拒否することもできない。つまりこの布団は、義父たちが泊まり来るときの自分たち用。これ全部、結婚前の話です」

◆気づくと逃げ場がなくなっている

 過干渉の理由について、穂積さんは分析する。

「義父も義母も、趣味が“家庭”なんです。他に趣味がない。典型的な昭和の団塊世代夫婦です。義母は義母で、料理を作って娘の家に持って行くのが楽しい。義父に関してはもう、完全に昭和的なマッチョイズム。場や集団で自分の影響力を行使したくてしょうがないんです」

 穂積さん夫婦と義実家との外食でも、それは顕著だった。

「義父のプライドに賭けて、我々には1銭たりとも払わせない。一軒目の食事も、二軒目のお茶も、義父が100%払う。その代わり、店のチョイスやメニューの決定権は、義父がすべて握る。義父の行きたい店に行き、義父が食べたいものを食べる。我々の意見はないものとされる。彼はそうしないと気が済まないし、自分が主導権を握る空気を作り上げるのが抜群にうまい」

 穂積さんは義父のことを「団塊世代ど真ん中、高度経済成長期を経験した戦後日本人を思い切り体現した価値観の持ち主」と形容した。

「義父は『亭主なんてのは、外で働いて給料袋さえ嫁に渡しときゃいいんだよ』と、平気で僕に耳打ちする人でした。それには2つの意味があったんです。ひとつは、『家庭のことは全部、美緒に任せろ』。これは美緒の『家事や料理は女性が率先してやらなければならない』という思い込みに、確実に影響を及ぼしたはずです。そしてもうひとつが、『男なんだから、収入で美緒を抜け』。これはこたえましたね……」

 ここまで介入してくることについて、美緒さんはどう思っていたのだろうか。

「義父はそこが巧妙で、美緒がいない場所でしか言わないんですよ。このことに限らないんですが、義父の言っていることは前時代的だし頭悪いなあと思う一方で、プロセスは考え抜かれている。すごく狡猾というか、気づくと逃げ場がない状況をうまいこと作るんです」

 たとえば、といって穂積さんが挙げたのが、美緒さんの姉夫婦のケースだった。

「美緒の姉夫婦も義父の“配下”に収まっていました。そこの旦那は義実家の近所に戸建てを買わされて、義父と義母は毎日のように夕食を食べに行っていたんです。

僕も平日の夜に美緒とお邪魔したことがあるんですけど、義父・義母・美緒・美緒の姉・僕で夕食がスタートして、旦那だけいないな……と思ったら、旦那は遅い時間にひっそり帰ってきて、部屋の隅っこのほうでひとりで飯を食い始めたんですよ。一方、メインの食卓は美緒の一族だけで話が盛り上がっている。その中心にいるのは、もちろん義父です」

 そんなことを繰り返すうち、穂積さんは義父がその家の旦那の力を削ぐよう、巧妙な働きかけをしていることに気づいたという。

「そこの旦那がいないとき、義父が僕に『あいつ、息子にも自分と同じ道を歩ませたいと思ってるようだけど、英才教育はやりすぎだよなあ』って同意を求めてくるんですよ。旦那は東大卒のエリートなんですけど、幼い息子にも詰め込み英語教育をやっていてよくない、と」

 しかし、事実は違っていた。

「後で美緒に聞いたら、詰め込み教育なんてものじゃなくて、お遊び程度の英語塾に行かせているだけでした。義父はこうやってターゲットの権威を失墜させて、自分の思い通りの価値観でコミュニティを自分色に染めてゆく。悪評を周囲に吹聴していけば、旦那の話なんて誰も聞かなくなりますからね。怖いなと思いました。だって、僕のいないところでもきっと僕について何か言っているだろうから……」

 これは、いじめの構造とまったく同じだ。

「義父はどんな状況下でも常にマウントを取ってくるんです。俺のほうが上だよなと言動で示し、従わせる。その絶対的な自信。腕一本で会社を成功させた、昭和の典型的な経営者の気質です」

◆義父に目をつぶって結婚

 しかし不思議なのは、穂積さんは同棲開始直後から義実家の横柄に悩まされていたにもかかわらず、同棲を解消することなくそのまま2年後に結婚していることである。

「実は、義父のことを反吐が出るほど嫌いだと思う一方で、こういう人が交渉力のある人なんだ、こういう人が発言一発で人を黙らせるのだなと感心する自分がいたんです」

「感心」とはどういうことか。

「同棲を始めた25歳頃の僕は、当時所属していた編集部でなかなか企画を通せなくて苦労していたんです。いずれ独立し、ノンフィクション作家として一本立ちしたいと考えていたので、ここらで一発大きな特集企画をやって実績も作りたかった。でも、僕より年下の編集部員がどんどん企画を通すなか、僕はさっぱり。このまま凡百の編集者で終わるのかと、かなり焦っていました」

 その時、穂積さんの頭によぎったのが義父の手法だった。

「朝9時に布団を持ってきて受け取らざるをえない状況にするような、相手に有無を言わさない物事の進め方。それこそが、自分に足りないものだと気づいたんです。例えば、企画書をただ編集長の机に置いておいても読んでくれない。だったら、読まざるをえない状況下で企画書を編集長の鼻先に突きつけ、その場で判断させればいい」

 義父の強引なやり方や根回しの手法を見習った結果、面白いように企画が通るようになったという。

「僕は勢いをつけ、同棲を開始してから約1年後に退職しました。独立後も出版社への売り込みはかなりうまくいきましたし、ギャラ交渉で有利な条件を引き出すこともできました。皮肉なことですが、それらはすべて義父に学んだテクニックです」

 話を聞いていて、良くも悪くも穂積さんはかなり前向きな人だと感じた。状況に絶望しないよう、逃れられない苦しみをなんとかポジティブに転化すべく、「仕事の役に立った」と思い込もうとしているように見えたからだ。

「20代半ばの若い僕は、妻の収入を超えなきゃと本気で思っていました。そういう焦りがある中で、義父のやり方を真似たらうまいこといっちゃったものだから、義父に抱いている嫌悪感や怒りが中和されちゃったんです。義父のやり方にも一理あるなと。義実家の過干渉も許しかけてしまって、このままでもいいかなと。だから義父のことは大嫌いだったけど、そこには目をつぶって美緒との結婚に踏み切りました」

 それが穂積さん28歳、美緒さん31歳のことである。ところが、穂積さんが美緒さんの中に「義父の血」をはっきりと見出してしまったことで、結婚生活は音を立てて崩れてゆく。(続く)

<文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会>

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